令和8年03月28日(土)
9445歩・5045ポイント → 株価大暴落がっかり → エプソンのプリンター不動の件・Wi-Fiボタン操作で回復 → 処分する予定のストーブの灯油をタンクよりポリタンクへ → ポリタンクを物置へしまう
昨日は朝から太陽が出てましたが、午後過ぎ頃より曇り気味となりました。
そこで布団は干すことができました。
株価が大幅に下がりがっかりでした。
まだ長い目で見て当分の間塩漬けです。
一昨日エプソンプリンターが突然通信不能となりました。
そこでパソコンの異常かも知れぬと考え、キャノンプリンターで試したところ正常に働きました。
エプソンのプリンターのWi-Fiボタンを3秒以上押して確認すると、正常に働きました。
解決できて大変うれしく思いました。
ところが麦茶を沸かすときハーモニカを吹きながら監視しました。
自分では確認をして火を切ったつもりでしたが、切っておりませんでした。
今後は火を使うときは他のことをしないようにしなければいけないということがわかりました。
このことは、何をするにも今何が重要なのかを意識することだと思いました。
処分をする予定の石油ストーブの残油をポリタンクへ移しました。
そしてポリタンクを物置へ仕舞いました。
夕刻は買い物を兼ねてウォーキング60分でした。
健康であることに感謝です。
本日はどんよりと曇った朝を迎えました。
黒田・日銀前総裁「利上げ1.5%まで問題ない」 単独インタビュー
朝日新聞の記事です。
日本銀行の前総裁で、「異次元」の金融緩和を主導した黒田東彦(はるひこ)氏(81)が朝日新聞の単独インタビューに応じた。
日本経済は安定した成長軌道にのったとして「これ以上、金融緩和を続ける必要はない」と指摘。
現在0.75%程度の政策金利を「中立金利の1.5%前後まで、今年と来年で0.25%ずつ3〜4回利上げしても問題ない」との見解を示した。(以下、省略)

本日の新聞の1面のトップ記事です。
前総裁の黒田氏のインタビューです。
私には分かりませんが、当時の思いを語ったようです。

インタビューに応じる日本銀行前総裁の黒田東彦氏=2026年3月25日、東京都港区、菊池康全撮影
 予算、見えない年度内成立の道 追い込まれる首相、「奥の手」も浮上
朝日新聞の記事です。
「年度内の成立を諦めていない」――。
自身の解散判断で2026年度当初予算案の審議入りに遅れを招きながら、早期成立へ発破をかけた高市早苗首相が、暫定予算案の提出に追い込まれた。
年度末が迫る中、当初予算案の審議の出口はいまだに見えていない。(以下、省略)

政府は27日、2026年度当初予算案が年度内に成立しない場合に備える暫定予算案を閣議決定し、国会に提出した。
30日に与野党の賛成で成立する見通しである。
 
 2回の逮捕、避難…それでも起きた殺人事件 ストーカー対策の難しさ
朝日新聞の記事です。
東京・池袋の商業施設サンシャインシティ内で女性店員が元交際相手の男に刺されて死亡した事件は、全国の警察がストーカー被害への対応を強化するさなかに起きた。
警視庁はかねて男の危険性を認め、身柄を拘束するなど「最善の措置をとっていた」としており、ストーカー対策の難しさが改めて浮き彫りになった形だ。(以下、省略)

ストーカー対策の難しさを示した事件でした。
本人を逮捕する以外に方法はないのではないでしょうか。
 
刺傷事件で現場となった商業施設に集まった警察官ら
=2026年3月26日午後9時13分、東京都豊島区、関田航撮影
今日は何の日 (出典 雑学ネタ帳)


シルクロードの日(3月28日 記念日)
 1900年(明治33年)のこの日、スウェーデンの地理学者・中央アジア探検家のスヴェン・ヘディンによって、廃虚になっていたシルクロードの古代都市・楼蘭(ろうらん)が発見された。
 都市国家・楼蘭は、中央アジア・タリム盆地のタクラマカン砂漠北東部に、かつて存在した塩湖で「さまよえる湖」として知られるロプノールの西岸に位置した。シルクロードの要衝として栄えたが、4世紀頃からロプノールが干上がるのとほぼ時を同じくして国力も衰え、やがて砂漠に呑み込まれた。
 「シルクロード」(絹の道)とは、古代の中国と西洋を結んだ歴史的な交易路を指す呼称である。絹が中国側の最も重要な交易品であり、この道を通って西方に運ばれたことから名付けられた。
    
           シルクロード
 ヘディンが、自らの中央アジア旅行記の書名の一つとしてシルクロードの名称を用い、これが1938年(昭和13年)に『The Silk Road』の題名で英訳されたことで、その名前が広く知られるようになった。
 ユーラシア大陸の東西交流史において重要な役割を果たしたシルクロードは、その一部が2014年(平成26年)に初めて「シルクロード:長安−天山回廊の交易路網」としてユネスコの世界遺産に登録された。

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